経営者は、つつましくあれ

松下幸之助さんは、松下病院の4階の小さな一室に平日は起居していた。松下さんの傍で仕事をするようになってから、多分、2~3年目であったと思う。松下さんから、その部屋に来てくれと、はじめて呼ばれた。当然、若い私は緊張した。頭の中で、その部屋は、立派な部屋だろう、豪華な部屋だろうと妄想しながら、訪ねた。

だが、中に入って、驚いた。その粗末なこと。ベッドの頭の部分の板の一部が三角形に剝がれていた。経営の神様が使うベッドがこれなのかと心中驚愕した。座ったソファのひじ掛けは、ざらざらと荒くれだっている。実に殺風景な部屋だった。 

松下さんは、自分のことに関しては、おおよそ無関心であった。散髪も、東京の「米倉」という散髪屋さんの主人に注意されて、それから、「米倉」に定期的に通いだしているし、眼鏡でも、札幌の「富士メガネ」の主(あるじ)に「そんなメガネをかけて外国に行かれては、日本のメガネ業界の恥だ」と叱られて、その主から言われるままに、眼鏡を替える。服もネクタイも、お世話する人が差し出すものを、そのまま黙って、ネクタイを締め、服を着ていた。自分でも、「やつす(おしゃれする)ほうではありませんわ」と言っていたが、確かに、自分のこと、身なりなどには、無頓着であった。

竹中半兵衛を知らない人はいないだろう。織田信長、羽柴秀吉に仕えた軍師である。

『常山紀談』に、「半兵衛は、“自分に過ぎたる値段の馬を買ってはならない。その馬に乗って戦場に出て、よき敵を見つけたとき、その馬から飛び降りようと思うだろうか。このような馬は、なかなか簡単に得られるものではないと思うと、好機を逸することもあるだろう。その、よい馬ゆえに、名馬を失うまいと、せっかくの機会を失い、名を失うことにもなる。侍は、金十両で馬を買おうと思ったら、五両の馬を買い求めるべきである。惜しげもなく飛び降り、その馬を放っておき、捨てることも出来る。そして五両でまた馬を買えばいい。馬に限らず、そのような心構えが大事である。まして財宝など惜しむにあたらない”と言った」とある。『書経』に、「人を玩(もてあそ)べば、徳を喪(うしな)い、物を玩べば、志を喪う」(他人を侮って弄べば、結局は自分の徳を失い、物に執着すると、せっかくの志を失うことになる)ともある。

経営者であれば、「つつましさ」を意識すべきだ。そういう意識、そういう言動が、多くの人たちに感動を与える。そういう経営者に、人は魅せられ、ついていくのである。

2023.03.01
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投稿者

江口 克彦

講師 江口 克彦

松下幸之助のもとで23年間、直接指導を受ける。 現在、経営者塾を主宰して、松下幸之助の経営哲学の講義を続けている。札幌の「松翁会」、名古屋の「壷中の会」など全国数ヶ所で行われている。            内閣府 沖縄新世代経営者塾 塾長、憲法円卓会議 座長、内閣府 イノベーション25戦略会議 委員、内閣総理大臣諮問機関経済審議会 特別委員、松下電器産業株式会社 理事等を歴任。

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