「ほめて、育てろ」という。しかし、人は、ほめられるばかりでは、傲慢になるか、自信喪失に陥るか、どちらかになる。
松下幸之助さんの言葉に、「寛厳よろしきを得なければ、人は育たぬ」がある。確かに、松下さんは、「ほめ上手、叱り上手」と言われていた。ある時、「そのコツはなんですか」と尋ねたことがある。「そんなコツはあらへんわ。策を弄して、ほめたり、叱ったりするのは、相手に失礼やろう」と。そして、「けど、5回ほめて、1回叱る。そんなもんや」と言って、ニヤリと笑ったことがある。
それはともかく、松下さんの叱り方は、実に明快であった。それは、理念・方針に沿っているかどうかということだ。理念・方針に沿わずに、うまくやっても、無視され、まして、失敗すれば、激怒する。次第に、社員は、理念・方針に沿うようになる。
およそ、感情的に叱られたら、反感しか覚えない。しかし、納得できれば、激しく叱られても、パワハラにはならないだろう。
また、成長させてやろうという思いがあれば、松下さんのように、「君なら、やってくれると期待していたのに」とか、「君ほどの男がこんな失敗はしないはずだ」という言葉が、激烈な叱責のなかにも出てくる。私も、23年間で、たびたび叱責を受けたが、そういう言葉を松下さんから言われると、叱られながら、叱られることが妙に誇りに感じられる。
もう一つ、大事なことは、叱ったあとのフォローである。
松下幸之助さんは、77歳の昭和47年に、『人間を考える』という、「根源の哲学」を世に問うた。前年の後半半年間は、それまで20年間ほどの思索をまとめた原稿をもとに、松下さんは私だけを相手に最終検討に取り組んだ。それが、ほとんどまとまった頃、松下さんは、松下電器グループの幹部400人の前で、私に、その内容を説明せよと言う。当日、松下さんが最前列の中央の席に座っていた。32歳の私は緊張しながら、演壇で45分ほど、話をした。好評であった。松下さんの部屋に行くと、今から、西宮の自宅に帰るから、お前も乗れと言う。車が走り始めた途端、松下さんの口から、「あそこはなぜ、もっと丁寧に説明しなかったのか」、「あそこは、説明のし過ぎだ」など、激しい叱責が飛び出した。ああ、これで松下幸之助さんの思想的秘書もクビだと思った。
ところが、翌朝、出勤しようと家を出る途端に電話が鳴った。受話器をとると、松下さんが、「君、厨房機事業部に行って、昨日の話でいいからな、全幹部に話してくれや。いや、事業部長には、わしから連絡しておいた」。嬉しかった。 要は、叱ることは、大事。しかし、①理念・方針に沿って叱る。②相手を成長させようとの思いで叱る。③必ずフォローをする。この三つを意識しながら、叱ることが大事だということで
松下幸之助は、事に当たり「深刻に考えず、真剣に考える」ことが経営では大切であると言っています。
自分でコントロールできないことを手放し、コントロールできることに集中するということではないでしょうか。
しかし、何事も一人で解決するには限界があるといわれています。一緒に解決策・打開策を考えませんか。