松下幸之助さんに、「物事が成功したときは、幸いに運がよかった、多くの人たちのおかげだと感謝して報恩を誓った。しかし、失敗したときは、すべて自分にあるのだと思いつつ、日々を過ごしてきた」という言葉がある。松下電器の経営がうまくいき、成長発展しているときは、幸いにも運がよく出来の良い多くの社員たちのおかげによるものであり、だから、社員に恩返ししなければと思ったが、逆に、経営が停滞、衰退するようなときは、すべての責任は、自分にある、責任は我一人にありと考えたということだろう。
実際に、会社の成長発展は、社員によるところが大きい。経験的に言えば、社員の総合力が7割。残りの3割が経営者の力に過ぎない。社員が、いかに心と力をあわせて努力してくれるかが、カギになる。3割は、経営者の力と言ったが、経営者は、「なんのためにこの会社があるのか」、そして、「仕事をするときの心構え」を明確にする、いわば、「理念」を明確にし、それを社員に感動的に徹底することだけだ。その徹底が行わなければ、「笛吹けど踊らず」の言葉通り、社員は仕事に精を出してくれない。
言い換えれば、車のアクセルが社員、ブレーキが社長という関係。車が前に進むのは、アクセル。アクセルを踏み込めば、車が前に進むように、社員が、自主的に懸命に仕事に打ち込めば、会社は発展する。しかし、暴走はいけない。だから、社長は、「理念」を提示し、厳守させ、社員の暴走を制御しなければならない。
アクセルとブレーキ。どちらが長く踏んでいるかと言えば、当然、アクセル。ブレーキは、車が危険を察知するときにだけ踏む。社員と社長との関係も同じこと。ブレーキばかり踏んでいては、車は走らない。会社が成長発展するのは、社員の力であるという松下さんの言葉は、口先の言葉ではない。実感であろう。
「失敗はすべて、自分の責任」。社長が、ブレーキを踏み過ぎたか、踏み間違えたかということであろう。社長が提示した理念の徹底を怠り、社員に感動も与えず、社員の自主性の芽を摘んでいる、言い換えれば、ブレーキを踏んで、なおかつ、車が前に進むことはない。車を前進させるためには、アクセルを踏み続け、時折、ブレーキを使う。
社長は、会社が成長発展しても、自分の才覚だと思ってはいけない。社員のおかげ、社員が心と力を合わせたおかげ、と思うことが、社長には大切ではないかと、松下幸之助さんは言っているのである。
松下幸之助は、事に当たり「深刻に考えず、真剣に考える」ことが経営では大切であると言っています。
自分でコントロールできないことを手放し、コントロールできることに集中するということではないでしょうか。
しかし、何事も一人で解決するには限界があるといわれています。一緒に解決策・打開策を考えませんか。