汗の中から知恵を出せ

夏の休日であった。早朝の呼び出し。松下幸之助さんは、ベッドに座って、私の報告を聞いて、ときに指示をしてくれていた。昼食はいつものように、横に並んで、とっていた。食べ終わった後、雑談が続く。

そのとき、私は、ふと、某経済紙に載っていたある経営者のインタビュー記事を思い出した。その記事の内容は、思い出すことは出来ない。が、その経営者の写真があったが、彼の後ろの壁に大きな墨文字で書かれた一枚の縦長の額も写っていた。

 その額の言葉は、「智恵を出せ。それが出来ない者は汗をかけ。それが出来ない者は去れ」であった。その言葉を見たとき、誰の言葉か分からなかったが、なるほどと、いたく感心した。そうか、よく考えて知恵を出さなければならないんだ。それが出来なければ、行動し活動し、汗を流すことが大事なんだ、と思った。私は、松下さんと雑談しながら、そのことを話題にした。すると、松下さんは、怪訝そうな顔をして、こう言った。

 「そうか、その社長さんは、そう考えてはるんか。けどな、そういう考えでは、経営は行き詰る。その会社は、きっと潰れるで」。

 意外な言葉が返ってきた。

 「あんなぁ、きみ、知恵を出せと言っても、机の上で、ああのこうのと考えていても、生きた知恵は出てこんわ。どんな優秀な人でも、頭で考え、知恵を出しても限界がある。実際に役立つ知恵はな、一生懸命、動いて、汗を流して、経験して、そうしているうちに、出てくる、生まれてくる。そういうもんや。それを汗も流さんと、最初から、知恵を出そうと、机の上で考えておっても、ムダだわね。わしなら、“まず汗を出せ。汗の中から知恵を出せ。それが出来ない者は去れ”と、こう言うな」。

 私は、言われてみれば、たしかに松下さんの言う通りだ。知恵は、経験を真摯に積んで、体得してはじめて、「生きた知恵」が生まれてくるというものだと感銘したことがある。

 この「智恵を出せ」という言葉は、実は、土光敏夫さんの言葉であることを、後日、知った。しかし、土光さんも、別のところでは、「考えるより、当たれ。体当たりによって、生きたアイディアが生まれてくる」と言っている。だから、その経営者が、土光さんの、この言葉を額にしていたら、松下さんも、「そうや、そうや、その通りや」と言っていただろうと思う。

 ちなみに、それから数年して、その会社は、松下さんの言った通り、倒産、潰れてしまった。                          

2022.10.01
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投稿者

江口 克彦

講師 江口 克彦

松下幸之助のもとで23年間、直接指導を受ける。 現在、経営者塾を主宰して、松下幸之助の経営哲学の講義を続けている。札幌の「松翁会」、名古屋の「壷中の会」など全国数ヶ所で行われている。            内閣府 沖縄新世代経営者塾 塾長、憲法円卓会議 座長、内閣府 イノベーション25戦略会議 委員、内閣総理大臣諮問機関経済審議会 特別委員、松下電器産業株式会社 理事等を歴任。

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