先般、安田善次郎さんの話を聞いたのであります。安田善次郎という人は東京の両替商に奉公に出た人ですが、ある年限が来まして初めて、日本橋のささやかな場所に店を構えたのであります。
そして、鰹節を店頭に並べ、お客に売ったわけですが、その時どういう態度をとったかというと、これは非常に興味ある話なのですが、たくさんの鰹節が盛り上げてある、その中から色艶(いろつや)の良いものから次々に選んで、お客に渡していったというのです。
その姿を見て、けしからんと思う客はありません。お客みずからが選んでも大きいものを取るでしょうが、やはり取りにくい面もある。だから、店主みずからそれを代行してあげる。いわゆるお客が買う瞬間に、店主がお客の番頭になるということであります。
われわれが物をつくって売る場合、買う人の番頭になって選択してあげるという態度が取れれば、その商店、会社は、必ず発展、繁栄すると思うのであります。
(『松下幸之助 発想の軌跡』昭和22年5月12日 研究会での話)
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(江口克彦のコメント)
松下幸之助さんの哲学を、ひと言で言えば、「人間大事」の四文字に尽きます。
そのことは、松下さん自身が昭和57年に、「松下さんの哲学を、ひと言で言えば、どういうことか」という記者の問いに、「人間を大事にするということですな。それが根本ですわ。まあ、松下イズムがあるとすれば、それは人間を大事にするということ以外はありませんわ」(「新潮45」創刊号 97頁)と、本人が応えているのを聞けば分かります。
松下幸之助さんは、いわば、「根源の哲学」から導き出された「人間大事」に基づいて、経営を展開しました。
ですから、この「安田善次郎さんのエピソード」を語る松下さんが、「お客様の番頭になれ」とう言葉は、「お客様大事」、すなわち、「人間大事」ということでしょう。
しかし、お客様だけが「人間」ではありません。社員も人間、世間様も人間。いずれも大事。社員もお客様も世間様も大事だということです。
「人間大事」が、自分の考え、哲学の根本だと、断言することに、ですから、松下さんは、なんら躊躇(ちゅうちょ)もしていません。
「松下幸之助哲学」を問われれば、ひと言、「人間大事」と答えればいいということ。決して、「お金大事」「儲け大事」ではないということです。「人間大事」の考え、哲学に立てば、会社は、必ず発展、繁栄するということです。
松下幸之助哲学が垣間(かいま)見える、「安田善次郎さんのエピソード」ではないでしょうか。
(*ちなみに、松下幸之助さんの『人間を考える』の何回目かのゲラの最後に「いっさいは人間のために」という言葉を入れたこと(最終的には削除)、「いっさいは、人間からの出発」、「人間即大事」も思案していたことを知る人は、誰もいません。「松下イズムは、人間大事主義」ということです。)
松下幸之助は、事に当たり「深刻に考えず、真剣に考える」ことが経営では大切であると言っています。
自分でコントロールできないことを手放し、コントロールできることに集中するということではないでしょうか。
しかし、何事も一人で解決するには限界があるといわれています。一緒に解決策・打開策を考えませんか。