先般、山岡荘八という人が、徳川家康の伝記を書きました。あれが相当、実業界で流行ったのです。経営をする者は、家康の伝記を読めというのです。
家康がどういうときに、どういう人を使っているか、どういうようにやっているかということが、ちゃんと研究して書いてある。これは非常にためになるというので、実業界の幹部たらんとする人は、みなそれを読んだわけです。
それを私は、ある人から勧められたのです、君も読んだらどうかと。そのとき、それはあかんと、私、言ったのです。家康でない者が家康のやった通りにしたら、失敗するではないか。
松下幸之助と徳川家康とは違うのだ。家康も僕のやった通りにやったら、失敗するだろうし、僕も家康の通りにやったら、失敗する。ここが非常に大事なところです。
あいつがうまくやった、おれもあの通りやろう、と思ったら、なかなかうまくいきません。だから、当時の家康が、武将として、また経営者としていかに優れていても、我々は家康と違うのです。
それを家康がやった通りを、ためになるから、と言ってまねをする、そのために読んだのではいけないということです。
(『社員稼業ー仕事のコツ・人生の味』人のまねだけでは成功しない』1974年刊)
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(江口克彦のコメント)
私が関係する全国の経営者塾の参加者の皆さんに、「私が話をする松下幸之助さんの実践経営哲学から、松下さんの経営の根本理念である“人間大事”を血肉してくださいよ。そして、その“人間大事”を根底にして、次に、自分で自分なりの経営の考え方、取り組み方を構築して、経営を行なってくださいね」と、繰り返し話をしています。
いわば、「松下幸之助さんは、“服を着るということが大事”(=人間大事)という考えでやっていましたよ。裸や水着では、一時的に人が集まるかもしれませんが、それは、長続きしませんよ」。そして、加えて、「その松下さんは、こういう服の着方をしてましたよ」というような話をしています。
ですから、まず、「服を着ること」、すなわち、“人間大事”は、しっかりと押さえる。そして、まずは、服も松下さんと同じ服を着てみてはどうですかということ。
しかし、「服を着ること」、すなわち、“人間大事”を血肉にしたら、それを根底にしたうえで、やがて、自分に合う服、自分に似合う柄の服をつくっていく努力をする、選択していく必要があります。いつまでも、松下幸之助さんと同じ色の服を着て、それで、似合うならいいですが、さらに自分に合う、似合う柄の服をつくる努力をすることが求められるということです。
「服を着ること」、「人間大事」を否定しては、絶対に、いけません。服を着ずに、裸や水着でよしとし、ただ、人の猿真似をし、振る舞うとすれば、恥をかくだけでなく、誰も付き合ってくれなくなるでしょう。
松下さんが、ここで言っているのは、「猿真似では、経営は、出来ません。“人間大事”を経営の根本、出発点として、経営の考え方、取り組み方は、自分で考えていく必要がありますよ。松下幸之助は松下幸之助、あなたはあなたですよ。決して、あなたは、家康でもなければ、松下幸之助でもありませんよ」ということでしょう。
要は、経営の根本理念、“人間大事”を大切にし、それを出発点にして、あとは、自分自身で、自分の経営の考え方、取り組み方を編み出す、創り出すことが大事だということです。ともかく、何事も、猿真似は、いけません。
松下幸之助は、事に当たり「深刻に考えず、真剣に考える」ことが経営では大切であると言っています。
自分でコントロールできないことを手放し、コントロールできることに集中するということではないでしょうか。
しかし、何事も一人で解決するには限界があるといわれています。一緒に解決策・打開策を考えませんか。