第6回 松下幸之助の経営心話 【任せて、任せず】

「任せて、任せず」ということは、文字通り“任せた”のであって、“放り出したのじゃない”ということです。


経営の最高責任者は、どんな場合でも、最後の責任は自分にあるという自覚に立っている。自分は(最終的には)責任を持たないといかんということで腹をくくっている。そうなると、どういうふうにやっているかが気になる。これがほんとうですわな。


もちろん、任せた以上あまり細かな口出しはしないし、ある程度は大目に見るということですけど、脱線してしまうようなときには、これははっきりと注意せんならん。そうでないと、これは無責任ということですわ。脱線しないように介添えすることが、「任して任せず」ということですよ。


しっかり(経営)理念を踏まえてやる人もいるけれど、勢いに任せてやる人もいる。そんなときには、やっぱり注意してやらんといけません。注意を怠ったら、その人を捨て去ってしまうのと一緒ですわ。


任すということは、この人ならうまくやるだろうということを前提として任すんです。無責任に任すんじゃないから、いかんなと思うときには口で言ってやらねばいかんです。


それでも脱線してしまうことでは、任せられんし、そもそも任せたのか間違いで、人を替えねばならない。


(昭和51年 『30億』誌 「若き経営者諸君!」)


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(江口克彦のコメント)


36歳のとき、松下幸之助さんから、まさにこの年の4月23日、突然に、PHP研究所の経営担当責任者を命じられました。


もちろん、いままでの(思想的)秘書のときも、よく呼び出され、あるいは電話がかかってきましたが、この突然の指名以降は、それまで以上に、呼び出され、また、電話の回数は激増しました。


多くの諸先輩は、こういう松下さんからの電話に困惑したようですが、私は、困惑どころか、当時、経営素人の私にとって、まさに、喜びというか、愉快なことでした。


なにせ、困ったこと、戸惑うことなど、こちらから、電話を恐る恐る架けなくても、「向こうさん」から架けてくれるのですから、有難いこと限りなし。


「実はこういうことで、どうしたものか、困っているんです」、「このことで迷っているんです」などと話すと、「それは、こうしてみいや」、「その問題は、こう考えたら、どうや」などとアドバイスをしてくれました。


あるいは、「このことは、こうしたいんですが・・」、「これをやってみたいんですが・・」というと、大抵の場合、「キミの考えでやってみいや」と励ましてくれました。


私の秘書が電話の回数の多さに、よく驚いていましたが、私は、松下幸之助さんが、経営担当責任者にした私が失敗しないように、また、励ますために、わざわざ、呼び出し、あるいは、電話を日に数回架けてくれたのだと思っていましたから、とにかく嬉しかった。なんでも話をし、褒められたり、叱られたり、助けられたりしたものです。


そうして貰っているうちに、おかげで、次第に経営担当責任者として、少しばかりですが、板についてきたと感じるようになりました。


ですから、私は、「任せて、任せず」という言葉は、この松下さんの話からも分かるように、「最終的な責任は自分がとる。その人を育てよう。そのために、励まし、失敗しないように、確認、助言しよう」という思いからであると理解しています。

2024.03.15
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投稿者

江口 克彦

講師 江口 克彦

松下幸之助のもとで23年間、直接指導を受ける。 現在、経営者塾を主宰して、松下幸之助の経営哲学の講義を続けている。札幌の「松翁会」、名古屋の「壷中の会」など全国数ヶ所で行われている。            内閣府 沖縄新世代経営者塾 塾長、憲法円卓会議 座長、内閣府 イノベーション25戦略会議 委員、内閣総理大臣諮問機関経済審議会 特別委員、松下電器産業株式会社 理事等を歴任。

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