ほめる度合い、叱る度合い

「寛厳よろしきを得る」という言葉を、松下幸之助さんは、時折、口にした。人を育てるに、優しさと厳しさのバランスが大事だということだ。人は、ともすれば、優しさ、寛容さを求める。自分にとって心地よいからである。しかし、そればかりでは、人は成長しない。誰でも欠点があり、弱点がある。失敗もある。そういうところは、周囲の人や親や上司が、厳しく導くことが必要なことだ。だから、「寛容ばかりでも、厳しさだけでもいけない。その度合いを考えよ。それが人を育てる時、大切なこととだ」というのが、松下さんの、「寛厳よろしきを得る」という言葉の意味だろう。


しかし、この頃は、パワハラを恐れてか、叱ってはいけない。ほめろ!ほめろ!の大合唱。書店に行けば、「ほめて育てよ」、「優しく指導せよ」、「ほめて伸ばせ」などの本が並んでいる。なかにはご丁寧に、「ほめ言葉集」というような本もある。セミナーでも、同じである。確かに、「ほめて育てること」は、基本だろう。本人の励みになるし、意欲にもなる。
だが、ほめるだけで、人は育つのかと言えば、そうではあるまい。先にも書いたが、人間であれば、欠点も弱点もあれば、失敗もある。そういう時は、厳しく指導することが、本人のためでもある。


松下さんと雑談しているとき、「“松下さんは、人使いがうまい”、と言われます。なにか、人使いのコツとか、とくに、叱り方のコツとか、あるんですか」と訊いたことがある。雑談だから、松下さんものんびりと応じてくれた。「人を使う時に、こうしたら、人がうまく動いてくれるとか、考えたことはないなあ。社員を叱る時も、なんも考えてないな。策を弄して人を使ったり、策を弄して叱ると言うことはせんな。第一、策を弄するのは、その人に失礼やないか。ほめる時は、一生懸命ほめる。叱る時は、一生懸命叱る。そういうことや」と応えてくれた。
なぜ、松下さんが、ほめても叱っても、「人がついていったのか」と言えば、松下さんが、「人間大事」という哲学を持っていたからだ。言うなれば、「心のなかで、手を合わせながら」、ほめ、また、叱っていたからだ。


それはともかく、そう言った後、「君、叱らんといかん時があるからな。だから、1回叱るために、普段から、5回は、ほめときや」と笑いながら付け加えた。これが寛厳の度合いかもしれない。このひと言が、その後の私の経営者生活で、大いに参考になったことは確かである。

2022.06.01
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投稿者

江口 克彦

講師 江口 克彦

松下幸之助のもとで23年間、直接指導を受ける。 現在、経営者塾を主宰して、松下幸之助の経営哲学の講義を続けている。札幌の「松翁会」、名古屋の「壷中の会」など全国数ヶ所で行われている。            内閣府 沖縄新世代経営者塾 塾長、憲法円卓会議 座長、内閣府 イノベーション25戦略会議 委員、内閣総理大臣諮問機関経済審議会 特別委員、松下電器産業株式会社 理事等を歴任。

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