人をつくり、物をつくる

松下幸之助さんは、事業を始めて間もない頃から、「松下電器はなにをつくるところかと尋ねられたら、松下電器は、人をつくるところです。併せて電器製品もつくっています」と答えなさいと言っていたという。この松下さんの言葉は、いまも広く膾炙(かいしゃ)されているから、ご存知の方も多いのではないか。実際のところ、松下さんがこのように言ったのは、“事業は人なり”と言われる如く、社員の人間成長の割合、度合いによって、事業は成功するという、そのことによって、「松下電器は人をつくる」という考えを持ったとも言えるが、実感として、そのような必要に迫られたと言えるのではないかと思う。

 創業から、相当長い期間、松下電器に入社してくる人材の人間的レベルは、低かっただろう。大阪の小さな会社。そのような会社に優秀な人材が入ってくるはずがない。だから、そうした人材を一から教育しなければならなかっただろう。挨拶の仕方、お辞儀の仕方、話し方、社員としての心構え、人としての振る舞い方など教える必要があった。

 しかし、それによって、社員に、松下電器の使命を徹底し、松下さんの商売についての考え方を浸透させ、人としての行儀作法を教えることができた。松下電器の社員は、人間としても、世間から評価されるようになる。また、その結果、松下電器の製品は、細部まで丁寧につくられ、不正もなく、多くの顧客から応援されるようになった。

 とは言え、大上段の、抽象的な指導、教育ではない。例えば、丁寧に説明しなさい。社内の清掃は隅から隅まできれいにしなさい。物はまっすぐに置きなさい。トイレは清潔に、きれいにしなさいなどなど。そのようなことを徹底的に教え込まれる。そういうことが結局は、製品に反映される。サービスに反映される。接客に反映される。社員一人ひとりの人間的向上が、世界的企業をつくり上げたと言える。

 そういう人づくりは、樹木で言えば、根。根は、大抵は見えない。見えないけれども、その根が太く、しっかりしていれば、地上の葉の生い茂り、果実がたわわな樹木が育つ。その果実が、売上であり、利益であり、賃金であり、社員数であり、技術でありということになる。

 松下さんの「人をつくる。併せて、電気製品をつくる」という考えは、業容からしても、とてつもない大きな成功を生み出したと言えるのではないかと思う。要は、松下さんの成功は、「根」を大事にしたこと。これに尽きる。         

2022.12.15
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投稿者

江口 克彦

講師 江口 克彦

松下幸之助のもとで23年間、直接指導を受ける。 現在、経営者塾を主宰して、松下幸之助の経営哲学の講義を続けている。札幌の「松翁会」、名古屋の「壷中の会」など全国数ヶ所で行われている。            内閣府 沖縄新世代経営者塾 塾長、憲法円卓会議 座長、内閣府 イノベーション25戦略会議 委員、内閣総理大臣諮問機関経済審議会 特別委員、松下電器産業株式会社 理事等を歴任。

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