私が経営者として開眼した松下さんの言葉

私は、松下電器に就職。数年後、27歳の時、PHP研究所に異動し、松下幸之助さんの秘書となった。36歳の昭和51年に、松下さんから突然、「PHP研究所の経営をせよ」と言われた。
 当時、PHP研究所は9億円の売上げであったが、その8割は松下電器による援助であった。利益は赤字。社員数は90名前後。私より年上の社員が15名ほど。彼らのほとんどが役員。あまりの突然の指示に途方に暮れるばかり。役員たちに、松下さんからの下命を伝えると、冷ややかなもの。社員全員に告げると、不満の表情。当然である。困惑しながら、何回も集まってもらい、私の思いを率直に訴え続けた。次第に社員の多くは理解をしてくれるようになった。


 社内の気分をそれなりにまとめ上げたが、売上げ、利益については埒外であった。創設以来、30年間にわたって、赤字の会社。過去の経営担当責任者が、松下さんに、その経営状況を月々報告しても、松下さんは、「まあ、しゃあないな」と応じるだけであったから、私もそれほど気にしていなかった。
 当然、月次決算報告を松下さんにした。その2回目の時である。いつものように、前月の売上げと、利益は赤字だと報告する。いつものように、「しゃあないな」と言う。次の報告をしようとしていると、松下さんが、「君なあ」と言う。その顔を見ると、鬼の形相である。私を睨みつけながら、「わしの言う通りにするんやったら、君は要らんで」。瞬間、なにを言われたのか、助言通りにしてきたのにと、頭の中が真っ白になった。「わしの言う通りにしなければ」と言うなら分かる。しかし、「言う通りにやるな」と言う。夕方、帰宅したが、帰り道、松下さんの言葉と形相が頭の中を駆け巡った。
 しかし、ひょいと気が付いたのは、「指示された以上のことをせよということではないか」ということ。それからは、徹底的にムダを排除し、迅速に業務を進めるように、私も心がけ、社員にも実行するようにお願いし、また、次々に成長戦略を実行した。結果、その期は、なんと5000万円の利益が出た。その取り組みの内容は、別の機会にするが、松下さんに報告すると、松下さんが驚き、「君、なにをしたんや」と、大いに喜んでくれた。以降、34年間、さまざまな不況もあったが、売上げが一度も前年を割ることはなく、利益も平均8%を確保し続けた。


 私の経営者としての開眼は、松下幸之助さんの、「わしの言う通りにやるんやったら、君は要らんで」ひと言であった。             

2022.03.15
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投稿者

江口 克彦

講師 江口 克彦

松下幸之助のもとで23年間、直接指導を受ける。 現在、経営者塾を主宰して、松下幸之助の経営哲学の講義を続けている。札幌の「松翁会」、名古屋の「壷中の会」など全国数ヶ所で行われている。            内閣府 沖縄新世代経営者塾 塾長、憲法円卓会議 座長、内閣府 イノベーション25戦略会議 委員、内閣総理大臣諮問機関経済審議会 特別委員、松下電器産業株式会社 理事等を歴任。

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