私は以前から、“ダム経営”ということを心がけるとともに、また人にもすすめてきた。
ダム経営というのは、経営の中にダムを持とうということである。河川にダムをつくって、そこに水をたくわえ、それによって水の流れを調節し、ムダなく活用する。
それと同じように、資金、設備、在庫、その他経営全般にわたって、ダムをつくり、余裕を持って経営をすすめていこうというものである。
《資金のダム》
新しい仕事をするのに、1億円の資金がいるとしたら、1億2,000万円の資金を用意する。もし、1億円しか手当てできないとすれば、仕事のほうを8,000万円にして、2,000万円の余裕をもって、不時の出来事にそなえる。それが資金のダムである。
《設備のダム》
また、一つの設備をする場合、90%の稼働率で採算がとれるようにしておく。ふだんは、90%だけ働かせる。そして、なにかのことで需要が急にふえたような時に、はじめて100%働かせて、供給に不足のないようにする。設備のダムである。
《在庫のダム》
さらに、つねに一定量の在庫をもって需要の急増に応じられるようにしておくのが在庫のダムである。
(そのようなダム経営によって、私は、)幸いにして、好景気の時はもちろんだが、不景気の時にも比較的安定した姿で事業を発展させることができたように思う。
(ダム経営をしなければ、)需要がふえれば供給が追いつかず、モノ不足から、物価騰貴、逆に不景気になれば、モノが余って困るとか、資金が足りなくてゆきづまるといった姿になりやすいわけである。
《心のダム》
ぜひとも、ダム経営をやっていこうではないか。そのためには、お互いがまず心のうちにダムを持つことである。そのような心のダムをつくる、いまは絶好の機会だと思うのである。
(『経済談義』昭和51年刊 ダム経営のすすめ)
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
(江口克彦のコメント)
松下幸之助さんは、「小心臆病な人」であったと思います。もちろん、一度決意をしたら、それを為すこと、まことに「岩をも貫く意志」をもっていましたが、普段は、どちらかといえば、恐る恐る経営をし続けていたと言えるかもしれません。
その小心臆病、恐る恐るの経営ゆえに、常に、どのような場合にも、最悪の結果を想定していたと思います。そして、最善の手段を講じたがゆえに、最高の成果をあげることができたと言えるでしょう。
要は「最悪の結果を想定し、最善の手段を講じ、最高の成果をあげる」ことができたのです。「なんでも大胆な人」も、「なんでも小心臆病な人」も、経営には向かないように思います。
このダム経営も、その小心ゆえに考え出された経営法、「余裕のもてる経営」、「どんな事態になっても、慌てない経営」をしておこうということではないでしょうか。
よく「胆大心小(たんだいしんしょう)」(大胆にして、しかも細かな注意を払うさま)と言いますが、指導者は、「小心胆大(しょうしんたんだい)」(臆病にして、大胆なさま)のほうがいいのかもしれません。
「ダム経営」・・・強く願い念じ、実践してみてはいかがでしょうか。
松下幸之助は、事に当たり「深刻に考えず、真剣に考える」ことが経営では大切であると言っています。
自分でコントロールできないことを手放し、コントロールできることに集中するということではないでしょうか。
しかし、何事も一人で解決するには限界があるといわれています。一緒に解決策・打開策を考えませんか。